社会人になってしばらくすると、学生の頃とは人との付き合い方が少しずつ変わっていった。
以前なら当たり前のように集まっていた友達。
同じ趣味を楽しんでいた仲間。
「今日暇?」
そんな一言で会えていた人たちとも、気軽に予定を合わせることが難しくなっていった。
みんな、それぞれの人生を歩き始めていた。
大人になるにつれて、少しずつ変わっていった
仕事を始めれば、それぞれに責任が増えていく。
将来のことを考えるようになり、
仕事やビジネス、お金の話も増えていった。
早い人は家庭を持ち、子どもが生まれ、一つの家庭を支える存在になっていく。
それを見て、
「いいな」
と思う気持ちもあった。
その一方で、
「自分はまだ、そこまで行けないかもしれない」
と思う自分もいた。
それぞれが、自分の道を歩き始めていた
今まで何も考えずに集まっていた人たちが、
少しずつ違う方向へ進んでいく。
誰かが悪いわけでもない。
関係が壊れたわけでもない。
ただ、大人になるということは、こういうことなのかもしれない。
そんな感覚があった。
当時の自分は、仕事に夢中だった
その頃の自分は、とにかく仕事へのモチベーションが高かった。
早くスキルを身につけたい。
何でもできるようになりたい。
仕事以外でもジムへ通い、
読書をして、
音楽を聴き、
楽器を弾き、
曲を作る。
色々なことに本気で取り組んでいた。
でも、ずっと同じ熱量ではいられなかった
何年か働いていると、
自分がいる業界のことも少しずつ分かってくる。
どんな仕事があるのか。
この先にどんな道があるのか。
自分はどこまで行けそうなのか。
それまで見えていなかったものが、少しずつ見えるようになった。
その時、
「こんなものなのかな」
と思った。
落胆したというほどではない。
むしろ、肩の荷が降りたような感覚に近かった。
ただ、どこかで一つの限界を知ったような気もした。
他のことへの熱も、少しずつ落ち着いていった
仕事への熱が落ち着くと、
それまで続けていたジムへのモチベーションも少しずつ下がっていった。
明確な目標があったわけでもなく、
運動不足の解消やストレス発散のために続けていた。
そして転職をきっかけに、ジムも辞めた。
何かが終わったというより、
それまで走っていた自分が、一度立ち止まったような時期だった気がする。
そんな時、何となくカメラを買った
大きな理由があったわけじゃない。
知り合いに勧められて、
初心者向けのCanonの一眼レフを一台買った。
カメラの知識なんてほとんどない。
「暇つぶしになるかな」
本当にそのくらいの気持ちだった。
でも、そのカメラを持って外へ出るようになってから、少しずつ何かが変わっていった。
記憶に残っている場所へ行ってみた
まず向かったのは、
自分が住んでいる地域の、昔から記憶に残っている場所だった。
久しぶりに行ってみると、
記憶の中とほとんど変わらない景色が残っている。
それを、覚えたてどころか何も分かっていないカメラで撮ってみる。
光の向きも分からない。
順光も逆光もよく知らない。
レンズの特性も、
ピントも、
画角もよく分からない。
それでも、
「なんとか良い感じに撮りたい」
と思いながらシャッターを切っていた。
気づけば、色々な場所へ行くようになった
高原。
森。
山の頂上。
海辺。
滝。
観光地。
同じ県内なのに、一度も行ったことがなかった駅。
時には県外の街まで。
気になる場所を見つけると、
とりあえずカメラを持って行ってみた。
「自分探し」ではなかった
最初は、
こういうことが「自分探し」になるのかな、と少し思っていた。
でも実際には、そんな大げさなものではなかった。
知らない場所へ一人で行く。
知らない道を走る。
気になった場所で車を止める。
景色を見て、
写真を撮る。
ただ、それだけ。
でも、それがものすごく楽しかった。
一人なのに、思ったほど寂しくなかった
それまで、
一人で知らない場所へ行き、
長い時間を過ごすことはあまりなかった。
だから最初は少し寂しくなるかと思っていた。
でも実際は逆だった。
「あっちにも行ってみたい」
「この道はどこにつながっているんだろう」
「ここからなら、どんな写真が撮れるかな」
次から次へと好奇心が湧いてくる。
寂しさを感じる暇がないくらい、ワクワクしていた。
写真を見ると、その時の気持ちまで戻ってくる
上手な写真ではなかったと思う。
それでも後から見返すと、不思議と嬉しくなる。
その時の空気。
天気。
景色。
そこで何を考えていたのか。
一枚の写真から、色々なものが蘇ってくる。
音楽も記憶の一部になっていた
探索している時に聴いていた曲も同じだった。
車の中で流していた曲。
歩きながら聴いていた曲。
その曲を何年か経ってから聴くと、
当時の景色が一気に戻ってくる。
「あの時、ここを走っていたな」
「あの場所で、こんなことを考えていたな」
音楽と景色が一緒になって、記憶の断片として残っている。
大きな旅じゃなくても、非日常は味わえた
一人旅。
日本一周。
そんな大きなことをやる勇気も、計画性も自分にはなかった。
でも、そこまで大げさなことをしなくても良かった。
少し遠くへ行ってみる。
今まで一人で行ったことのない場所へ行ってみる。
それだけでも、十分だった。
新しいものを見つけ、
知らない景色を見る。
それだけで心がかなりリフレッシュされて、
不思議と体の奥から、また何かをやりたい気持ちが湧いてきた。
非日常は、意外と近くにある
もっと面白かったのは、
遠くへ行かなくても同じような感覚を味わえると気づいたことだった。
普段、車で何気なく通っている街。
いつも見ている道。
そこを歩いてみる。
それだけで、見え方が全然違う。
車では気づかなかった店。
細い路地。
古い建物。
知らなかった景色。
見慣れた場所でも、視点を少し変えるだけで非日常になることがあった。
自分が欲しかったのは、これだったのかもしれない
普段とは少し違う場所へ行く。
知らない景色を見る。
いつもとは違う感覚を味わう。
すると、
心の中に溜まっていた何かが、少しずつ軽くなっていった。
頭の中に余白ができて、
「次は何をしよう」
「自分は何をしたいんだろう」
そんなことを落ち着いて考えられるようになる。
疲れている時ほど、流れを変えてみる
最近疲れているな。
なんとなく気持ちが重たいな。
そんな時、
いつもの生活の中で何とかしようとしても、なかなか気分が変わらないことがある。
そういう時は、
思い切って普段の流れを変えてみる。
外へ出る。
知らない道へ行ってみる。
行ったことのない場所へ行ってみる。
自分には、その方法がかなり合っていた。
「探索する」という楽しみを見つけた
今はスマホがある。
知らない場所でも地図を確認できる。
気になった景色は写真に残せる。
好きな音楽を聴きながら移動することもできる。
だから、心がどうしても休まらない時は、
体が動くなら外へ出てみる。
そして、
少しだけ非日常を感じられる場所を探してみる。
結論っぽいもの(まだ途中だけど)
一人探索を始めたからといって、
人生の答えが見つかったわけではない。
自分が何者なのか分かったわけでもない。
でも、
好奇心のまま知らない場所へ行き、
景色を見て、
写真を撮って、
音楽を聴く。
そんな時間の中で、
張り詰めていた気持ちが少しずつほぐれていった。
自分には、それで十分だった。
最後に
大人になると、
色々なことを考えるようになる。
仕事。
将来。
人間関係。
お金。
気づけば、頭の中がいつも何かでいっぱいになっている。
そんな時は、
少しだけ普段の生活から外れてみる。
大きな旅行じゃなくてもいい。
遠くまで行かなくてもいい。
知らない道を一本歩くだけでもいい。
好奇心のまま少し探索してみると、
忘れていたワクワクが戻ってくることがある。
そして、そのワクワクが、
疲れていた自分を少しずつ元の場所へ戻してくれる。
一人探索は、
自分にとって単なる暇つぶしではなく、
本来の自分を取り戻すための、小さな非日常になった。
これからも心が重たくなった時は、
カメラを持って、
まだ知らない景色を探しに行きたいと思う。

誰かと一緒に何かをする。趣味があったり、価値観が合う人と過ごす時間は、本当に楽しい時間。
日頃の押さえている自分が、安心できる人と過ごす事で、本来の自分が蘇ってくるような感覚があり、充実感も、満足感も高まって、日頃の疲れが消え、元気が戻る。
でも、段々と、忙しくなったり、人生の流れが変わってくると、気軽に会えなくなったり、言える事と言えない事ができてきたりするなどして、頻繁に会えなくなってしまう時がある。
人といるのが当たり前だったときは、一人の時間というのは落ち着かない時間に感じていたが、大人になって、色々な経験をしていった結果、一人の時間も好きになっている。むしろ、一人になりたい時も多い。
全て自分の考え、選択で行動するというのは、自由を感じる一つの手段。
一人なら、急に思い立って、どこか遠くへ行く事もできる。そして、自分が自分で選択した過ごし方を満喫し、自由な暮らしを行う事で得られる経験、価値観もある。
だから、人といる時間、一人の時間、どちらも好きで、バランスよくそれらの時を過ごせるというのが、自分は一番豊かで、幸せを感じられる状態なんじゃないかなと思っている。
塔野ミノル


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