何か一つのことを一生懸命続けていると、
少しずつ自分なりの「やり方」ができてくる。
最初は人に教えてもらいながらやっていたことも、
何度も試して、
失敗して、
また考えて。
そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか自然とできるようになっている。
考えなくても体が動く。
以前より短い時間でできる。
少し余裕も生まれてくる。
そんな瞬間に、
「ああ、自分も少しは成長したんだな」
と感じることがある。
できることが増えると、こだわりも生まれてくる
仕事でも、
家事でも、
自分のやりたいことでも同じだと思う。
経験を重ねていくと、
「こうした方が上手くいく」
「自分はこのやり方が好きだ」
というものが少しずつできてくる。
人から教えてもらったこと。
自分で調べたこと。
失敗して初めて分かったこと。
そういうものが積み重なって、自分なりのノウハウになっていく。
そして、もっと深く知りたいと思うようになる。
ある程度できるようになると、「任される」ことが増えてくる
そして、できることが増えてくると、
今度は少しずつ責任のあることを任されるようになる。
仕事で任されること。
家庭の中で任されること。
人との関係の中で頼まれること。
一人で好きなようにやっていた頃とは違って、
そこには自分以外の誰かが関わってくる。
だから、
「まあ、いいか」
では済ませられないことも増えていく。
責任を持つと、自然と考えることが増える
任された以上、ちゃんとやりたい。
ミスはないだろうか。
予定通り進んでいるだろうか。
相手への説明は足りているだろうか。
何か問題が起きそうなら、先に伝えておいた方がいいんじゃないか。
そうやって考えることが増えていく。
スケジュールを確認したり、
何度もチェックしたり、
関わる人とコミュニケーションを取ったり。
責任感があるからこそ、真剣に向き合える部分は確かにあると思う。
小さな積み重ねが、信頼に変わっていく
頼まれたことをきちんとやる。
途中で問題があれば伝える。
最後まで責任を持つ。
特別なことではない。
でも、そういうことを繰り返していると、
少しずつ任されることが増えていく。
「この人なら大丈夫だろう」
そう思ってもらえるようになる。
責任感は、人との信頼関係を作る上で、とても大切なものなんだと思う。
でも、責任感が強ければ強いほど良いわけでもなかった
ここが難しいところでもある。
責任感が強くなりすぎると、
今度はそのことばかり考えてしまう。
失敗したらどうしよう。
何か見落としていないだろうか。
ちゃんとできているだろうか。
家に帰ってからも考えて、
休んでいるはずなのに頭の中では仕事をしている。
真面目に向き合っているからこそ、
自分自身を追い込んでしまうこともある。
「責任を持つこと」と「全部背負うこと」は違う
だから最近は、
何かを引き受ける前に少し考えることも大切だと思っている。
本当に自分にできるだろうか。
今の状況で引き受けても大丈夫だろうか。
難しいところがあるなら、先に相手へ伝えておいた方がいいんじゃないか。
何でも「できます」と言うことが、責任感ではない。
できない可能性まで含めて、きちんと相手に伝えることも責任の一つなんだと思う。
責任を負うことでしか、得られなかったものもある
それでも、
責任のあることに向き合ってきて良かったと思うことは多い。
最初は不安だったことも、
一度やってみる。
失敗する。
次は改善する。
また任される。
そうやって経験を重ねていると、
以前なら難しいと思っていたことが普通にできるようになる。
そして、ふと振り返った時、
自分が思っていた以上に遠くまで来ていることに気づく。
見える景色も少しずつ変わっていった
経験が増えると、
以前は見えなかったものまで見えるようになってくる。
相手が何を考えているのか。
なぜこんな言い方をしたのか。
この先にどんな問題が起こりそうなのか。
自分にはどんな人が合うのか。
逆に、どんな人とは少し距離を取った方がいいのか。
単純な技術だけではなく、
人との関わり方まで少しずつ変わっていった。
責任を持つ経験は、
思っていた以上に色々なことを教えてくれた。
責任感が強いと、「プライドが高い」と言われることがある
一方で、
責任を持って物事に取り組んでいる人に対して、
「プライドが高い」
と言われることがある。
確かに、外から見れば似ている部分もあるのかもしれない。
こだわりが強い。
簡単には妥協しない。
自分なりの考えを持っている。
でも、自分は責任感とプライドは少し違うものだと思っている。
自分にとって、プライドは「自分の中にある誇り」に近い
責任感は、
任されたことや関わる人に対して、きちんと向き合おうとする気持ち。
一方でプライドは、
自分自身が大切にしているものを守る気持ちに近いと思っている。
自分が積み重ねてきたもの。
譲りたくないもの。
大切にしている考え方。
「ここだけは曲げたくない」
と思えるもの。
それも、自分を支えてくれる大切なものだと思う。
プライドが高いこと自体は、悪いことではないと思う
「プライドが高い」という言葉は、
どちらかというと悪い意味で使われることが多い。
もちろん、
自分の考えばかり押し通して、
相手の意見を聞けなくなってしまえば問題だと思う。
話し合いができない。
間違いを認められない。
周りとの関係まで壊してしまう。
そこまでいくと、
プライドに自分自身が振り回されているように感じる。
でも、心の中に持っているプライドは自分を支えてくれる
逆に、
自分の中に静かに持っているプライドは、悪いものではないと思う。
「自分はここまでやってきた」
「これだけは大切にしたい」
「この仕事だけは雑にしたくない」
そんな気持ちは、
もう一歩頑張る力にもなる。
簡単に諦めない理由にもなる。
自分自身を支えてくれるものにもなる。
責任を果たした経験が、少しずつプライドに変わる
考えてみれば、
この二つは全く無関係でもないのかもしれない。
責任を持って取り組む。
任されたことを最後までやる。
失敗しながらも経験を積む。
そして、少しずつできることが増えていく。
その積み重ねが、
「自分はこれだけやってきた」
という自信になる。
そして、その自信が、
いつか自分なりの誇りになっていく。
それが良い意味でのプライドなのかもしれない。
どちらも、使い方次第なんだと思う
責任感も、
プライドも、
強ければ強いほど良いわけではない。
責任感が強すぎれば、自分を追い込んでしまう。
プライドが強すぎれば、人の意見を受け入れられなくなることもある。
でも、
責任感があるから信頼してもらえる。
プライドがあるから、自分の大切なものを守れる。
結局は、
どちらが良い、悪いではなく、
どう付き合うかなんだと思う。
結論っぽいもの
昔より責任のあることを任されるようになって、
大変だと思うことは確実に増えた。
できれば背負いたくないと思う日だってある。
でも、
責任を持ったからこそ学べたことも多かった。
人との関わり方。
物事の進め方。
失敗した時の立て直し方。
そして、
自分にも意外とできることがあるという感覚。
そういう小さな経験が積み重なって、
今の自分を作っているんだと思う。
最後に
責任感もプライドも、
自分を苦しめるものになってしまうことがある。
だから、
何でも背負えばいいわけではないし、
何でも自分の考えを貫けばいいわけでもない。
時には人に頼る。
できないことは伝える。
自分が間違っていたら認める。
その上で、
任されたことには、できる限り真剣に向き合う。
そして、自分が積み重ねてきたものには、
少しくらい誇りを持ってもいい。
責任を果たした経験が、
少しずつ自信になり、
いつか自分を支えてくれるプライドになる。
そんなふうに、
どちらとも上手く付き合いながら、
これからも少しずつ成長していけたらいいと思っている。

プライドも責任感もあると良い物。だけど、バランスを取りながら所持していないと、それらが原因で自分が潰れてしまう事がある。
苦しくて辛いのに、プライドが邪魔をして人を頼れなくなる。弱い所を見せられなくなり、どんどん追い込まれてしまうことがある。責任感を持ちすぎて、重圧が常に圧し掛かってきて、疲弊してしまう。
でも、それらが全くない状態というのも上手くいかない事が増えるため、バランスよく持って、成長するための経験を重ねて、成長すれば、次のステージも見えるし、最初の時より余裕が持てて、選択肢が増える事が多いので、成長するための材料としては、必要不可欠だと思う。
程よく抱えて、課題をこなして成長して、余裕を持って生きて行く事が、人生が楽しくなって、やりがいを持てる状態になれるんじゃないかなと思っている。
塔野ミノル


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