AIの進化に衝撃を受けた話|創作の意味を見失いかけた瞬間

経験・思考

AIの進化を目の当たりにして、
衝撃を受けたことはないでしょうか。

自分も最初は、AIという存在をどこか他人事のように見ていました。

「便利なツール」
「未来の技術」

その程度の認識でした。

ですが、実際に触れた瞬間、
そのイメージは一気に崩れました。

この記事では、AIに初めて触れたときに感じた衝撃と、
そこから見えてきた創作との向き合い方について書いています。


想像を超えたAIの完成度

文章生成、画像生成、音楽生成。

それらが、ほんの数秒で形になります。

しかも、想像以上の完成度で。

正直に言って、衝撃でした。


自分の積み重ねが揺らいだ瞬間

特に衝撃を受けたのは、音楽生成AIでした。

自分は何年もかけて、

  • 試行錯誤し
  • 時間を積み重ね
  • 少しずつ曲を作ってきました

それが、数十秒で出力される。

その現実を目の前にして、

「これなら、人間はいらないのではないか」

そんな考えが頭をよぎりました。

大げさではなく、
自分の進んできた道が消えたような感覚でした。


それでも感じた「ワクワク」

ですが、その一方で
別の感情も確かにありました。

――すごい。

悔しさや不安とは別に、
純粋なワクワクがありました。

恐怖と興奮が同時に存在する、
不思議な感覚でした。


AIは敵ではなく「追い風」になる

しばらく考え続けた中で、
ひとつの答えに辿り着きました。

AIは確かに、

  • 速い
  • 効率的
  • 完成度が高い

ですが、

  • 迷うことはない
  • 遠回りしない
  • 苦しみながら試すこともない

そこにあるのは、最適化された結果だけです。

一方で人間の創作は、

  • 時間をかけ
  • 失敗し
  • 修正し
  • 無意味に思える作業を繰り返す

その過程そのものが、創作の一部になっています。

だからこそ、AIは敵ではなく、
可能性を広げてくれる存在だと考えるようになりました。


衝撃の正体は「自分の揺らぎ」だった

振り返ると、あのとき感じた衝撃は、
単純に「AIがすごい」ということではありませんでした。

自分の立ち位置が揺らいだこと。

そこに、恐怖の正体がありました。

ですが同時に、その揺らぎは
創作を見つめ直すきっかけにもなりました。


AI時代に問い直されること

AIがいる時代に、

  • 自分は何を作るのか
  • なぜ作るのか

その問いが、より鮮明になりました。


まとめ|衝撃は「終わり」ではなく始まりだった

AIは確かにすごい存在です。

ですが、だからこそ自分は作ります。

速さでも効率でもなく、
迷いながら進んだ痕跡を残すために。

あのとき感じた衝撃は、
終わりではありませんでした。

新しい時代の始まりだったのだと思います。

渋いカラーのエレキギター。収録して曲作りを楽しむ時間と、カッコいいギターに触れて、自由に演奏して浸る時間のどちらもが大好き。

塔野ミノル

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