最近、意識的に「静かな時間」を取るようになりました。
何か大きなきっかけがあったわけではありません。
ただ気づいたら、
👉 以前よりも強く必要としている自分がいました。
一日中、音に囲まれている
朝はテレビの音で目が覚める。
通勤中は音楽や動画を流し、
職場では機械音や通知音が途切れない。
家に帰っても、
- 生活音
- 画面の光
👉 常に何かしらの刺激の中にいる状態
振り返ると、
👉 一日のほとんどを「音」と一緒に過ごしていました。
それが当たり前になっていた
情報や音に囲まれていることは、
👉 特別なことではありません。
むしろ、
👉 それが普通になっていました。
- 何かをしながら
- 何かを流す
👉 常に“何かがある状態”が日常
静かな時間の方が、
どこか不自然に感じるくらいでした。
ふと感じた「落ち着かなさ」
ある時から、
👉 理由の分からない疲れが残るようになりました。
- 忙しすぎるわけではない
- 強いストレスがあるわけでもない
それでも、
👉 頭の中がずっとざわついている
そのとき初めて、
👉 「静かな時間がほとんどない」ことに気づきました。
何もしない時間を作ってみる
試しに、
- 音楽を流さない
- 動画を見ない
👉 ただ静かに過ごす時間を作ってみました。
最初は、
- 落ち着かない
- 手持ち無沙汰
何かを足したくなる感覚がありました。
それでもそのまま過ごしていると、
👉 少しずつ呼吸が整っていく感覚がありました。
静けさは「回復する時間」だった
そのとき気づいたのは、
👉 静かな時間は「何もしていない時間」ではないということ
👉 回復している時間だった
- 何かを得るためではなく
- 削れていたものを取り戻す時間
気づけば、
👉 一日の中で一番贅沢な時間になっていました。
刺激と静けさ、どちらも必要
もちろん、
👉 刺激のある時間も大切です。
- 集中して動く時間
- 勢いに乗る時間
ただ、
👉 それが続きすぎると、どこかで歪みが出る
静かな時間は、
👉 その歪みを整える役割
続けるために「静けさを挟む」
前に進むことは、
👉 走り続けることだけではありません。
- 立ち止まる
- 整える
- また動く
👉 このリズムがあるから、無理なく続けられる
静かな時間は、
👉 そのために欠かせないものになりました。
まとめ|静かな時間が必要になった理由
静かな時間が大事になったのは、
👉 頑張れなくなったからではありません。
👉 これからも続けていくために必要になった
何かを足すのではなく、
👉 一度引くという選択
それができるようになったことを、
👉 今は前向きに受け止めています。

ゆっくりと広々とした雰囲気を楽しむ。
ぼーっとしていると、ヨットや船が目の前を過ぎていき、ちょっとした変化が楽しく感じた。
心が景色に溶け込んでいき、何かが浄化されて、枯渇していた何かが満たされる。
思い込みなのか、実際にそういうものがあるのか、わからないけど、良い影響は確実にあった。
塔野ミノル


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