今日は、何も作れなかった。
時間はあったし、やる気もあったはずなのに、
結局、机に向かったまま一日が終わった。
「今日はダメだったな」
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
作れると思っていた日の、落差
休日は、創作に集中できる日だと思っていた。
前日のうちに構想も考え、
「明日は進められそうだ」と、期待して眠った。
けれど実際には、
手は動かず、思考もまとまらない。
時間だけが過ぎていき、
焦りだけが静かに溜まっていった。
作業興奮が、効かない日もある
よく言われる方法がある。
「とりあえず手を動かせば、作業興奮が起きる」という考え方だ。
確かに、それでうまくいく日もある。
実際、何度も助けられてきた。
ただ、
どんな方法にも当てはまらない日があることも、
経験上はっきりしている。
無理に続けても、
集中力は戻らず、
疲労だけが残る。
そんな日は、確実に存在する。
自覚しづらい疲れに、気づくこと
作れなかった理由を振り返ると、
多くの場合、疲れが溜まっている。
身体の疲労だけではない。
情報の多さ、環境の変化、
無意識の緊張や気遣い。
それらは目に見えない分、
自分では気づきにくい。
「やる気がない」のではなく、
「回復が追いついていない」
ただ、それだけのことも多い。
休むことは、後退ではない
作れなかった日に、
無理に帳尻を合わせようとすると、
かえって次の日まで引きずってしまう。
だから最近は、
その日のうちに割り切るようにしている。
今日は、作る日ではなかった。
そう判断したら、
回復に振り切る。
散歩をする。
早く寝る。
何もしない時間を、意識的に作る。
割り切ることは、継続の技術
割り切ることは、
諦めでも、甘えでもない。
長く続けるための、
一つの判断だと思っている。
作れなかった日を、
失敗として処理してしまうと、
創作はすぐに苦しくなる。
作れなかった日も、
流れの一部として受け取る。
その方が、結果的に前に進める。
まとめ:作れなかった日も、創作の中にある
作れなかった日は、
何も生み出していないように見える。
けれど実際には、
回復し、整え、
次に進む準備をしている時間でもある。
創作を続ける上で大切なのは、
毎日作ることではなく、
作り続けられる状態を保つことだ。
今日は作れなかった。
それでも、
また作れる日に戻ってくる。
それでいい。
そう思えるようになってから、
創作は少しだけ、楽になった。

昔から時々行く事がある田舎のお気に入りスポット。
日常を忘れて、ゆっくり流れる時間をリラックスして過ごすと、子どもの時に川で遊んだ記憶が蘇って、心が綺麗になっていく気がする。
塔野ミノル


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