日常を過ごしていると、本当に色々なことが起こる。
新しい知識を知ったり、誰かとの会話で気づきを得たり。
ふと将来について考えたり、昔のことを思い出したり。
そういう小さな出来事や気づきは、意外とすぐに忘れてしまう。
その場では「これは大事だな」と思っていても、数日経てば思い出せなくなっていることも多い。
だから自分は、思いついたことや気になったことをメモや日記に残すようになった。
書き残しておくと、未来の自分を助けてくれる
しばらく時間が経ってから読み返すと、
「あの時はこんなことを考えていたのか」
と思うことがある。
そこから新しい発見があったり、もう一度挑戦してみようと思えたりする。
過去の自分が残した言葉が、未来の自分を少しだけ後押ししてくれる。
そんな感覚がある。
気づけば、書くこと自体が好きになっていた
もともと文章を書くことは嫌いではなかった。
むしろ、自分には向いている方なのかもしれないと思っていた。
書くことを続けているうちに、
「もっと上手く伝えられるようになりたい」
と思うようになった。
文章を書くと、自然と言葉に目が向く
誰かに読んでもらう文章を書こうとすると、
言葉選びが気になり始める。
同じ意味でも、少し言い方を変えるだけで印象が変わる。
伝わると思っていたことが伝わらなかったり、
逆に何気なく使った言葉が誤解を生んだりすることもある。
言葉って思っていた以上に繊細だった。
言葉を学ぶと、日常も少し変わる
言葉について意識するようになると、
文章だけじゃなく、人との会話も変わってくる。
自分の考えを整理しやすくなったり、
相手の話を理解しやすくなったり。
仕事でも役立つことが増えた。
最近はAIに指示を出す時ですら、
言葉の選び方が大切なんだと感じる。
メモと記事では、難しさが全然違った
自分だけが読むメモなら、
思ったことを書き殴ればいい。
後で自分が理解できれば十分だった。
でも記事になると話は別だった。
読んでくれる人がいる。
だから内容の流れや言葉選び、文章量まで考える必要が出てくる。
これが思っていた以上に難しかった。
最初は本当にうまく書けなかった
書き始めても手が止まる。
同じことを何度も繰り返してしまう。
文章が長くなりすぎる。
読み返して自分でも疲れる。
そんなことの繰り返しだった。
削って、直して、また削る。
地味な作業だけど、その積み重ねで少しずつ形になっていった。
AIは便利だけど、学びたいのはその先だった
今はAIを使えば文章を整えることができる。
昔より圧倒的に楽になったと思う。
実際、自分も活用している。
でも、自分が欲しいのは完成した文章だけじゃない。
なぜ読みにくいのか。
どこが伝わりにくいのか。
そういう部分を知りたいと思っている。
だからAIには、整えてもらうだけじゃなく、気づきをもらうためにも助けてもらっている。
本を読む楽しみも変わった
文章について興味を持ってから、本の読み方も変わった。
以前は内容だけを追っていた。
でも今は、
「この言い回し上手いな」
とか、
「この流れ読みやすいな」
とか、
そんな部分にも目がいくようになった。
良い文章に出会うと、少し感動する
本当に良い本を読んだ後は、
長い映画を見終わった後みたいな感覚になる。
内容に感動するだけじゃない。
言葉の選び方や構成の美しさにも感動する。
そこに作者や編集者の技術を感じて、
純粋に凄いなと思う。
結論
文章を書き始めたことで、
自分は言葉の面白さに気づけた。
言葉を学ぶことで、
文章だけじゃなく日常そのものが少し豊かになった気がしている。
最後に
今でも、自分の文章力はまだまだだと思う。
でも、それでいい。
少しずつ学びながら、
色々な文章に触れて、
色々な言葉を知っていく。
その過程自体が楽しい。
だからこれからも、
楽しみながら文章を書き続けていきたいと思っている。

言葉なんて、伝われば何でもいいでしょう、と思っていた時期がある。マナーとして、言葉遣いは気を付けていたものの、人に伝える時の言葉選びは、あまりこだわっていなかった。
そういう意識で過ごしていると、本当に伝えたい時に、上手く伝えられなかったり、誤解が生じることが多かった気がする。一番困ったのは、文章や、相手の言葉から、本当に伝えようとしている事、ニュアンスや意図がわからない事が多く、理解が遅れる事ばかりだった。
言葉を知る程、文章が読めるようになっていき、文章をたくさん読むと、言葉を知ることができたと思う。
日常生活、仕事、趣味、何でも人が関わる場合が多く、言葉や文章に強くなることのメリット、生きやすさを凄く体感したため、これからも意識して、楽しみながら習得していきたいと思っている。
塔野ミノル


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