日々過ごしていると、
「自分はこういうものが好きなんだな」
と気づくことがある。
好きなもの。
苦手なもの。
心地良いと感じること。
逆に、どうしても受け入れられないこと。
そういう感覚は、人それぞれ違う。
同じ人なんて、きっといない
人はみんな違う。
育った環境も違うし、
経験してきたことも違う。
だから、完全に同じ感覚を持った人なんて、多分いない。
それでも、
「なんとなく感覚が近いな」
と思える人に出会うことがある。
感覚が近い人と話すと、不思議と楽しい
普段一人で楽しんでいることも、
感覚が近い人と話すと一気に広がる。
自分では当たり前だと思っていたことに共感してもらえたり、
同じような部分に面白さを感じていたり。
そんな些細なことが、妙に嬉しい。
趣味を通して、人にも興味が湧く
特にニッチな趣味だと、
共感してくれる人がいるだけで嬉しくなる。
そこから、
その人はどう考えているんだろう。
どんな経験をしてきたんだろう。
そんなふうに興味が広がっていく。
一人の時間も大切だった
もちろん、
一人で過ごす時間も大事だと思っている。
何かを学んだり、
技術を身につけたり、
作品を作ったり。
そういうことは、結局一人で向き合う時間が必要になる。
一人だからこそ積み上がるものもある
趣味でも仕事でも、
ある程度は自分で経験を積まないと見えてこないものがある。
知識も技術も、
最初は自分で積み上げていくしかない。
その時間は、自分の土台になっている気がする。
でも、あるところで人を求める
ずっと一人で続けていると、
ふと立ち止まることがある。
このままでいいんだろうか。
自分の考え方は間違っていないだろうか。
そんな不安が出てくる。
誰かの言葉で救われることがある
そんな時、
同じようなことを考えている人と話すと安心する。
「自分だけじゃなかったんだ」
と思える。
それだけで前に進めることもある。
音楽を続けていて感じたこと
自分は長く音楽を続けてきた。
バンドもやったし、
曲作りも続けてきた。
でも不思議なことに、
同じ音楽をやっている人同士でも、
好きなものや方向性は結構違う。
違うからこそ生まれる面白さもある
バンドはまさにそうだった。
みんな違う。
好きな音楽も違う。
考え方も違う。
だからこそ、
一人では思いつかないものが生まれる。
それは本当に面白い。
それでも、自分の奥には別の感覚がある
ただ、
その一方で、
自分が本当に好きな音楽や、
目指したい表現というものもある。
そこは意外と人に伝わらない。
数は少なくても、いる
幸運なことに、
自分には感覚が近いと思える人がいる。
人数は多くない。
でも、それで十分だと思う。
久しぶりでも変わらない
しばらく会わなくても、
久しぶりに話すと楽しい。
一緒に作業すると楽しい。
同じものを見て面白いと思える。
その感覚が心地良い。
感覚が合うと、自信が戻ってくる
不思議だけど、
感覚が近い人と話した後は元気になる。
自分がやってきたこと。
続けてきたこと。
これからやりたいこと。
それらを肯定されたような気持ちになる。
だから、とても大切にしたい
感覚が合う人って、
意外と簡単には出会えない。
だからこそ、
出会えたなら大事にしたいと思う。
音楽だけの話じゃない
これは音楽に限った話じゃないと思う。
仕事でも、
日常でも、
趣味でも。
感覚が近い人の存在は大きい。
結論
価値観という言葉で説明できる部分もある。
でも、それだけじゃない気がする。
もっと曖昧で、
もっと感覚的なもの。
その「なんとなく合う」という感覚が、
人生を豊かにしてくれるんだと思う。
最後に
一人の時間も好きだ。
でも、
感覚が近い人と過ごす時間も好きだ。
どちらかじゃなくて、
両方あるから続けていける。
最近は、そんなふうに思っている。
だからこれからも、
自分の感覚を大事にしながら、
出会えた人との繋がりも大切にしていきたい。

一人でやりたい事に没頭している時間は、充実して、自分の人生、生きがいそのものを感じる事ができる。
そういう時間が沢山続けば、やりたい事はどんどん進んでいき、自己実現しやすい。しかし、続けていて、ふと我に返った時に、行き詰まりを感じてしまう事がある。
そういう時に、同じ感覚を持っている人と会い、話したり、一緒に楽しむことで、自信が出てきて、モチベーションも戻る。だから、大切な存在と、ちゃんと認識して、関係を大切に守っていきたいと思う。
塔野ミノル


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