ある日、手が止まりました。
いつも通り制作画面を開いたのに、
👉 何も浮かばない。
音を鳴らしても、
心が動かない。
👉 「何を作ればいいのか」が分からなくなった。
それまでは、ただ楽しかった
それまでは違いました。
頭に浮かんだイメージを、
👉 できるだけ形にしたいという好奇心だけで動いていた。
- 音で世界観を作る
- 一枚絵を重ねる
- 文章を添える
👉 それだけで十分楽しかった。
「意味」を考え始めた瞬間
あるときから、
👉 「意味」を考えるようになりました。
- どうすれば評価されるか
- 需要はあるのか
- 流行はどこに向かっているのか
時間も労力もかけるなら、
👉 何かにつながるものを作るべきではないか
そう思ったのが始まりでした。
正解を探した結果、感覚が消えた
分析し、調べ、
- ヒット作の構成をなぞる
- トレンドを予測する
その結果、
👉 感覚が消えました。
- 音を選んでも広がらない
- 構成を組んでも自分のものに感じない
👉 「正解」に近づくほど、何をしているのか分からなくなる
創作が「外側」に引っ張られていた
気づけば、
👉 自分の内側ではなく、外側に合わせようとしていた。
本来は自由だったはずの創作が、
👉 制限されたものに変わっていた。
不安は消えなかった
- これは無駄ではないか
- 他にもっと結果が出る道があるのではないか
👉 何度振り払っても、不安は戻ってくる。
そして、
👉 手は止まり続けた。
転機は「一度離れたこと」
転機になったのは、
👉 創作以外のことにも手を広げてみたことでした。
いろいろ試して、
はっきりしたことがあります。
👉 やっぱり、自分は創作が一番好きだ。
楽しいのは「完成」ではなく「過程」
楽曲が完成した瞬間も嬉しい。
でもそれ以上に、
👉 音を探し、組み上げていく過程そのものが楽しい。
- 直感で選ぶ
- 削る
- 磨く
👉 自分の中にしかなかったものが形になる時間
それが、
👉 一番の報酬だった。
意味は“後から”でいい
意味を考えること自体は、悪いことではありません。
ただ、
👉 それを“入口”にしてしまうと、手が止まる。
だから今は、
👉 自分の中で線を引いています。
- 収益や流行 → 別の領域
- 創作の衝動 → 切り離す
まずは、
👉 作りたいものを作る。
数を作るという考え方
👉 100個作る。
その中で、
👉 1つでも活かせるものがあればいい。
意味は、
👉 後から付いてくるかもしれない。
付いてこなくても構わない。
まとめ|止まるより、作る
創作に意味を求めすぎた結果、
👉 自分は何も作れなくなった。
でも今は、
👉 シンプルに戻っています。
👉 止まるより、作る。
それだけは、
👉 決めている。

やりたい気持ち、進めたい気持ち。気持ちが前に向いているのに、全然体と頭が付いて来ない。
不思議で戸惑う感覚。時間だけが過ぎていって焦る。
活き活きと作業を進めていると必ず定期的に来るこの感覚。
楽しい事、やりたい事は、焦らずゆっくり進めていくしかないのかな。
塔野ミノル


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