音楽が溢れているのに、なぜ曲を作るのか|それでも作り続ける理由

経験・思考
隙間から見える竹達

世の中には、すでに十分すぎるほどの音楽があります。

それでも、なぜ自分は曲を作り続けてしまうのか。
そう考えたことはないでしょうか。

サブスクリプションの普及によって、
音楽は数秒で手に入り、
高音質な環境も簡単に揃う時代になりました。

正直に言えば、
「もう新しい音楽は必要ないのではないか」
そう感じてしまうほど、音楽は溢れています。

それでも自分は、今日も曲を作っています。

この記事では、
音楽が溢れている時代に、それでも作り続ける理由についてまとめています。


音楽はすでに「作られすぎている」

今の時代、

  • プロの名曲
  • 流行曲
  • アマチュアの優れた作品

が常に生まれ続けています。

さらに、

  • 企業の大規模なプロモーション
  • アニメやドラマとの連動

によって、
ようやく多くの人に届く構造ができあがっています。


「良い曲を作れば聴かれる」は難しくなった

かつてのように、

👉 良い曲を作れば自然に広がる

という時代ではなくなっています。

供給は増え続け、
聴かれるためのハードルも上がっています。

この現実を前にして、

👉 それでも作る意味はあるのか?

という問いに何度も向き合ってきました。


結論|それでも作る意味は確かにある

結論から言うと、

👉 音楽を作る意味は、確かに存在します。

むしろ、今の時代だからこそ
その意味はより強くなっていると感じています。


楽曲制作は「心の拠り所」になる

長年楽曲制作を続けてきて、
はっきりと感じていることがあります。

👉 音楽を作る時間は、自分にとっての拠り所であること


日常では、

  • 人間関係
  • 空気を読むこと
  • 自分を抑える場面

が多くあります。

それは必要なことですが、
同時にどこかで自分を押さえ込んでいる感覚もあります。


制約のない「表現の時間」

ですが、制作している時間だけは違います。

  • 何を使ってもいい
  • どんな進め方でもいい
  • 正解も不正解もない

音を重ねる中で、
自分の内側にある感情や考えが形になっていきます。

この過程そのものが、
現実では得にくい“解放の時間”になっています。


試行錯誤は「自分と向き合う行為」

楽曲制作は、

  • 音を選び
  • 捨て
  • 試し
  • 修正する

という繰り返しです。

その一つひとつの選択が、

👉 自分は何を表現したいのか

という問いへの答えになっていきます。


作品は「自分の痕跡」として残る

完成した楽曲は、

👉 自分から生まれた唯一のもの

です。

それは単なる音ではなく、
現実の中に残る確かな痕跡でもあります。


音楽は「共有することで広がる」

作品を誰かと共有できたとき、
その価値はさらに広がります。

  • 一緒に演奏する
  • 意見を交わす
  • 同じ曲を軸に時間を過ごす

音楽は、
人と繋がるきっかけにもなります。


積み重ねは「人生のアルバム」になる

これまで作ってきた楽曲は、

👉 自分がどう生きてきたかの記録

でもあります。

それらが積み重なることで、
人生そのものを振り返ることができる
アルバムのような存在になります。


まとめ|音楽は「自分のために作るもの」

音楽はすでに溢れています。

それでも作る理由は、

👉 自分の内側にあるものを形にするため

です。


誰かに届くかどうかだけではなく、
自分にとって必要だから作る。


👉 だから、自分はこれからも曲を作り続けます。

夕暮れ時の、寂しくて切ない雰囲気が、どこか心地よく感じて、一日が終わる雰囲気が落ち着く。

マジックアワーが彩る不思議な時間帯って、どんな景色も美しいですよね。

塔野ミノル

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