楽曲が完成したあと、
意外と時間がかかるのがジャケット制作だ。
音はできている。
世界観も頭の中にはある。
それなのに、「これだ」と言える一枚が、なかなか決まらない。
今回は、
自分が作った楽曲のジャケットを、
何度も作り直すことになった過程を、
正直に書いてみたい。
最初は「自分で描こう」と思った
最初に考えたのは、
自分でイラストを描くことだった。
楽曲のイメージを、
そのまま視覚化できたら理想的だと思ったからだ。
しかし、実際に手を動かしてみると、
頭の中にあるイメージと、
画面に出てくるものとの間に、
大きなズレが生まれた。
時間をかけても、
納得できる形には近づかない。
「これは違う」という感覚だけが、
はっきりと残った。
次に選んだのは、写真という方法
イラストが難しいなら、
写真ならどうだろう。
そう考え、
自分で撮影した写真を使う方向に切り替えた。
ロケーションを探し、
時間帯を変え、
何度も撮り直す。
撮影そのものは楽しかった。
編集作業も嫌いではなかった。
けれど、
完成した画像を楽曲と並べてみると、
どこか噛み合っていない感覚が拭えなかった。
「悪くはない。でも、これじゃない。」
その違和感が、
何度作り直しても消えなかった。
何が足りないのか、分からなくなった
この頃には、
「技術」の問題ではないことは分かっていた。
描けないわけでも、
撮れないわけでもない。
それでも、
楽曲が持っている空気や物語を、
一枚のビジュアルとして
うまく閉じ込められていない。
何が足りないのか。
どうすれば近づけるのか。
答えが見えないまま、
時間だけが過ぎていった。
AIという選択肢にたどり着くまで
そんな中で、
AIによる画像生成の存在を、
改めて意識するようになった。
最初は、
「便利そうなツール」くらいの認識だった。
実際に触ってみると、
思った以上に難しく、
思った以上に奥が深い。
英語のプロンプトに悩み、
出力結果に一喜一憂し、
途中で嫌になって手を止めたこともある。
それでも、
試行錯誤を重ねるうちに、
ある感覚が芽生え始めた。
文章から、イメージを立ち上げる
転機になったのは、
楽曲のイメージを
文章として書き出すようになったことだ。
世界観。
感情の流れ。
色や温度感。
それらを言葉にして整理し、
その文章をもとに画像を生成していく。
すると、
それまでバラバラだった要素が、
少しずつ一つの方向に収束していった。
「これなら、音と同じ場所を向いている。」
初めて、
そんな手応えを感じる瞬間が訪れた。
ようやく「納得できる一枚」に近づいた
何度も生成し、
何度も比較し、
少しずつ調整を重ねる。
完璧ではない。
けれど、
楽曲の世界観と、
確かにつながっている。
ようやく、
「この曲の顔」と呼べる一枚に、
辿り着くことができた。
作り直し続けた時間は、無駄ではなかった
振り返ってみると、
遠回りばかりだったように見える。
けれど、
描こうとしたことも、
撮ろうとしたことも、
すべてが無駄だったとは思っていない。
それらの試行錯誤があったからこそ、
自分が本当にやりたかったことが、
はっきりと見えてきた。
そして、
時代の進化によって、
それを形にできる手段が、
ようやく手の届く場所に現れた。
これからも、納得するまで作り続ける
ジャケットは、
単なる付属物ではない。
楽曲と同じ世界を生きる、
もう一つの表現だ。
だからこそ、
これからも簡単には決めないと思う。
納得できるまで迷い、
試し、作り直す。
その時間ごと含めて、
自分にとっての創作なのだと思っている。

昔作った数々のジャケット。撮った写真から画像加工して作った。文字のフォントを選ぶのが難しくて、中々しっくりこなかったのを覚えている。
塔野ミノル

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